70年5月のドイツ公演後グリーンは脱退してしまうのですが、直前に ”The Green Manalishi”(4月に録音して5月リリース)と言うシングルが出ました。ブルーズロックがハードロックと結び付く事が多かったこの時期らしいもので、ある意味ゼッペリン的なリフをかましてた感じもあります(あくまでも私見)。当時はグリーンのドラッグ問題が相当やばかったようでそれによる奇行もあったと書かれてる本もありました(wikiによると70年3月ツアー先のミュンヘンでのパーティーでのLSDの接種が決定的だったとのこと。)。タイトルにもなったマナリシ(Manalishi)とはグリーンのLSDによる幻覚がもたらしたものなんでしょうか?後にジューダス・プリーストもカヴァー。最高位10位(英)まで上がったヒットで、これ以降”Tusk”まで英チャートでヒットは出てません。
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